上田城完全ガイド|真田氏の城の見どころ・歴史・アクセス

本記事はアフィリエイト広告・プロモーションを含みます。商品・サービスの紹介において対価を受け取る場合があります。

長野県上田市の上田城は、真田昌幸が1583年(天正11年)に築いた城です。1585年と1600年の二度にわたって徳川軍の攻撃を退けたことで知られ、真田氏の知略を象徴する城として多くの歴史ファンが訪れます。城跡は上田城跡公園として整備され、江戸時代から残る西櫓や復元された東虎口櫓門が往時の面影を伝えています。本記事では、上田城の歴史と見どころをご紹介します。

【この記事でわかること】

  • 上田城は真田昌幸が築き、二度の上田合戦で徳川軍を退けた城です
  • 関ヶ原の戦い後に破却され、現在の櫓や石垣は仙石氏による再建時のものです
  • 江戸時代から同じ場所に残る西櫓は長野県宝に指定されています
  • JR・しなの鉄道上田駅から徒歩約12分とアクセスしやすい城です

上田城の東虎口櫓門と南櫓

1. 上田城とは?

上田城は、千曲川の分流である尼ヶ淵の崖上に築かれた平城です。南側を崖と川に守られ、北と西を矢出沢川で囲む地形を生かした縄張りが特徴で、小規模ながら堅固な城でした。真田氏が松代へ移った後は、仙石氏・松平氏が城主となり、明治まで上田藩の藩庁が置かれました。

上田城の基本情報

所在地 長野県上田市二の丸(上田城跡公園)
築城年 1583年(天正11年)
築城者 真田昌幸
城郭形式 平城(梯郭式)
天守 なし(天守の存在を示す確かな資料は見つかっていない)
主な遺構 西櫓(現存)、南櫓・北櫓(移築復元)、東虎口櫓門(復元)、石垣、堀
指定 国史跡、西櫓・南櫓・北櫓は長野県宝

2. 上田城の由来と歴史

真田昌幸の築城と第一次上田合戦

上田城は、徳川家康の支援を受けて真田昌幸が築いた城といわれています。しかし昌幸はその後徳川から離反し、1585年(天正13年)、徳川軍約7,000が上田城に攻め寄せました。昌幸はわずかな兵で城下に敵を引き込み、反撃して大きな損害を与えたと伝わります。これが第一次上田合戦です。

関ヶ原と第二次上田合戦

1600年(慶長5年)、昌幸と次男の信繁(幸村)は西軍に付き、中山道を進む徳川秀忠の大軍を上田城で足止めしました。この第二次上田合戦により、秀忠は関ヶ原の本戦に遅れたといわれています。しかし西軍の敗北により昌幸と信繁は九度山へ配流され、上田城は徳川方によって破却されました。

仙石氏による再建

真田信之が松代へ移封された後、1622年(元和8年)に入封した仙石忠政が上田城の再建に着手しました。忠政の死去により工事は中断しましたが、このとき建てられた7棟の櫓のうち3棟が現在に伝わっています。明治維新後、櫓は払い下げられて城外へ移されましたが、昭和期に市民の運動によって南櫓と北櫓が城内へ戻されました。

3. 上田城の見どころ

東虎口櫓門と南櫓・北櫓

上田城の正面にあたる東虎口には、1994年(平成6年)に櫓門が復元されました。両脇に建つ南櫓と北櫓は江戸時代の建物で、城外から移築して戻されたものです。黒い下見板張りの外観と石垣が一体となった景観は、上田城を代表する眺めです。

上田城の真田石

真田石と真田神社

東虎口櫓門の右手の石垣には、高さ約2.5mの大きな石が組み込まれています。これは「真田石」と呼ばれ、松代へ移る真田信之が持って行こうとしたものの動かなかったという伝説が残ります。本丸跡に鎮座する真田神社は、真田氏・仙石氏・松平氏を祀り、「落ちない城」にちなんで合格祈願に訪れる人も多い神社です。

西櫓と尼ヶ淵の崖

西櫓は、江戸時代から同じ場所に建ち続ける唯一の櫓です。城の南側に回ると、かつて千曲川の分流が流れていた尼ヶ淵の崖と石垣を見ることができ、上田城が自然の地形を巧みに利用した城であったことが実感できます。

4. 上田城へのアクセスと観光のポイント

主なアクセス方法

出発地 交通手段 所要時間の目安
JR北陸新幹線・しなの鉄道 上田駅 徒歩 約12分
上信越自動車道 上田菅平IC 車 約15分(上田城跡公園に駐車場あり)

※所要時間は目安です。交通機関の運行状況や時刻表は、各事業者の公式情報でご確認ください。

見学のポイント

櫓の内部は、春から秋の期間に公開されるのが一般的です(冬季は閉館)。4月上旬から中旬には「上田城千本桜まつり」が開催され、堀跡のケヤキ並木や桜を楽しめます。上田市立博物館では真田氏ゆかりの資料も展示されています。

上田城周辺の宿泊

上田駅周辺には宿泊施設が集まり、別所温泉や鹿教湯温泉など周辺の温泉地に泊まるのもおすすめです。松本城や善光寺とあわせて長野を周遊する拠点としても便利な街です。

旅行会社の宿泊予約サイトでは、エリアや日程から城下町周辺の宿をまとめて比較できます。宿泊と交通がセットになったプランを選べば、移動の手配もまとめて済ませられます。



上田城を訪れた記念には、各地の城で頒布されている御城印を集めるのも楽しみの一つです。御城印帳を一冊用意しておけば、城めぐりの思い出を美しく残すことができます。



5. よくある質問(FAQ)

Q1:上田城に天守はありましたか?
A1:真田氏時代の上田城に天守があったかどうかは確かな資料がなく、はっきりしていません。仙石氏による再建時も天守は建てられませんでした。

Q2:上田城の櫓には入れますか?
A2:南櫓・北櫓・東虎口櫓門は、例年4月から11月ごろまで内部が公開されています。公開期間や料金は上田市の公式情報でご確認ください。

Q3:上田城の桜の見頃はいつですか?
A3:例年4月上旬から中旬ごろが見頃です。千本桜まつりの期間中はライトアップも行われます。

Q4:真田幸村は上田城にいたのですか?
A4:真田信繁(幸村)は父昌幸とともに第二次上田合戦で上田城を守ったと伝わります。

6. まとめ|上田城を通じて感じる日本の心

上田城は、規模こそ大きくないものの、真田氏の知略と地形を生かした城づくりを体感できる城跡です。櫓や真田石に刻まれた物語を知ってから歩くと、小さな城が大軍を退けた理由が少し見えてくるでしょう。真田ゆかりの地を巡る旅の起点として、ぜひ訪れてみてください。

▶ 日本の名城の記事をもっと読む

本記事の情報は執筆時点(2026年11月)のものです。開館時間・料金・公開範囲・工事の状況などは変更される場合があります。お出かけの際は、各施設・自治体の公式サイトで最新情報をご確認ください。歴史に関する記述には諸説あるものを含みます。
【参考情報源】
・上田市:https://www.city.ueda.nagano.jp/
・公益財団法人日本城郭協会:https://jcastle.info/

author avatar
homes221b

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です