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「古池や 蛙飛びこむ 水の音」——この十七音を、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。俳句は、世界最短の定型詩として国際的にも広く知られており、「HAIKU」という語がそのまま英語圏でも通用するほど、日本を代表する文学形式のひとつです。
しかし、「俳句とは何か」を改めて問われると、季語が必要なのか、五七五さえ守ればよいのか、松尾芭蕉とはどのような人物なのか——意外と答えに迷う方も多いのではないでしょうか。
本記事では、俳句の定義・歴史・季語の役割・代表的な俳人・現代での楽しみ方まで、俳句を深く理解するための基礎知識を体系的にご紹介します。日本文学への関心をお持ちの方、俳句を一から学びたい方に向けた、ピラー(柱)記事としてお読みいただけます。
- 俳句の定義と「五七五」「季語」「切れ」の基本構造
- 俳句が生まれた歴史的背景——連歌・俳諧から近代俳句へ
- 松尾芭蕉・与謝蕪村・小林一茶・正岡子規ら俳人たちの役割
- 季語の種類・季節区分・代表的な季語一覧
- 俳句に込められた「もののあわれ」と余白の美学
- 現代における俳句の楽しみ方・入門書・句集の選び方
1. 俳句とは?——世界最短の定型詩の定義
1-1. 俳句の基本定義
俳句(はいく)とは、五・七・五の計十七音(十七拍)を基本形とする日本の定型詩です。一般に、以下の三要素を備えることが俳句の条件とされています。
- 五七五の音律:上五(かみご)・中七(なかしち)・下五(しもご)と呼ばれる三句からなるリズム
- 季語(きご):詩の中に季節を示す言葉を一語以上入れること
- 切れ(きれ):句の中に意味・感情の区切りを設け、余韻を生む技法
ただし、現代俳句の中には季語を持たない「無季俳句(むきはいく)」や、五七五の音数を崩した「自由律俳句(じゆうりつはいく)」も存在します。俳句の定義は時代とともに議論され続けており、一義的に固定されているわけではありません。
1-2. 俳句と川柳の違い
俳句と混同されやすい詩型に川柳(せんりゅう)があります。どちらも五七五の音律を持ちますが、以下の点で異なります。
| 比較項目 | 俳句 | 川柳 |
|---|---|---|
| 季語 | 原則として必要(有季) | 不要 |
| 切れ | 重視される | 必須ではない |
| 題材・内容 | 自然・季節・精神性を詠む | 人間社会・世相・ユーモアを詠む |
| 起源 | 俳諧の発句から独立 | 俳諧の付け句(前句付け)から発展 |
| 代表的作家 | 松尾芭蕉・与謝蕪村・小林一茶 | 柄井川柳・サラリーマン川柳 |
1-3. 「発句」から「俳句」へ——名称の変遷
「俳句」という名称が定着したのは、明治時代に正岡子規(まさおかしき)が「俳句」という呼称を広めてからのことです。それ以前は、俳諧の連歌(俳諧)における最初の句を「発句(ほっく)」と呼んでいました。子規は発句を独立した文学として再評価し、近代俳句の礎を築きました。
2. 俳句の歴史——連歌・俳諧から近代俳句まで
2-1. 連歌の時代(平安末期〜室町時代)
俳句の源流は、平安時代末期から発展した連歌(れんが)にさかのぼります。連歌とは、複数の人が五七五・七七・五七五……と交互に詠み継いでいく詩の形式です。宮廷や武家社会で盛んに行われ、優雅で格調高い表現が求められました。
室町時代には、連歌の一形式として俳諧の連歌(俳諧連歌)が生まれます。「俳諧」とは本来「こっけい・ユーモア」を意味する語で、連歌の格式張った様式をくずし、日常語や俗語を交えた軽妙な表現を特徴としました。
2-2. 松永貞徳と談林派——江戸初期の俳諧
江戸時代初期、松永貞徳(まつながていとく、1571〜1654)は「貞門俳諧」を確立し、連歌の作法を俳諧に取り入れながら広く普及させました。その後、西山宗因(にしやまそういん、1605〜1682)率いる「談林派(だんりんは)」が登場し、より自由で奔放な表現を追求しました。
2-3. 松尾芭蕉と蕉風俳諧——江戸中期の革新
俳諧を「文学」の域へ高めたのが、松尾芭蕉(まつおばしょう、1644〜1694)です。芭蕉は「蕉風(しょうふう)」と呼ばれる独自のスタイルを確立し、「わび・さびの精神」を俳諧に取り込みました。後述するように、芭蕉の俳諧は単なる言葉遊びを超え、自然との対峙・旅・無常観を詠んだ深い文学性を持ちます。
2-4. 与謝蕪村・小林一茶の時代——江戸後期
芭蕉の後、与謝蕪村(よさぶそん、1716〜1783)は絵画的な写生と詩的情趣を俳諧に融合させ、芸術性の高い句を多く残しました。一方、小林一茶(こばやしいっさ、1763〜1827)は、庶民の生活・自然の小さな生き物への愛着を平易な言葉で詠み、民衆に深く愛される俳人となりました。
2-5. 正岡子規の俳句革新——明治時代
明治時代、正岡子規(1867〜1902)は「写生(しゃせい)」という概念を俳句に持ち込み、目の前の現実をありのままに詠むことを主張しました。子規は俳諧の「発句」を「俳句」として独立させ、連歌との関係を切り離した近代文学として再定義しました。彼の弟子たちは「ホトトギス」派として活躍し、高浜虚子・河東碧梧桐らが日本の俳句を牽引しました。
3. 松尾芭蕉——俳句の神様と称えられる俳人
3-1. 芭蕉の生涯
松尾芭蕉は、寛永21年(1644年)、伊賀国(現在の三重県伊賀市)に生まれました。幼少期から和歌・連歌を学び、江戸に出た後、俳諧師として頭角を現します。延宝〜天和年間(1670年代〜1680年代)にかけて独自の「蕉風」を確立し、門弟を育てながら多くの旅に出ました。
芭蕉が最もよく知られる旅が、元禄2年(1689年)に始まった「おくのほそ道(奥の細道)」の旅です。江戸から東北・北陸を巡る約2,400kmにおよぶこの旅の記録は、俳文集として後世に伝えられ、日本文学の最高峰のひとつとされています。芭蕉は元禄7年(1694年)、旅の途中に大坂で没しました。享年51歳でした。
3-2. 芭蕉の代表句
芭蕉の句は「わび・さび」の美意識を凝縮したものが多く、十七音の中に深い余韻を湛えています。代表的な句を以下にご紹介します。
| 句 | 季語 | 出典・背景 |
|---|---|---|
| 古池や 蛙飛びこむ 水の音 | 蛙(春) | 貞享3年(1686年)頃。静寂と一瞬の動を詠んだ代表作。 |
| 夏草や 兵どもが 夢の跡 | 夏草(夏) | 『おくのほそ道』平泉にて。奥州藤原氏の栄華の無常を詠む。 |
| 閑さや 岩にしみ入る 蝉の声 | 蝉(夏) | 山形・立石寺(りっしゃくじ)にて。深い静寂を逆説的に表現。 |
| 荒海や 佐渡によこたふ 天河 | 天河(秋) | 越後・出雲崎にて。荒波と天の川の対比が壮大な一句。 |
| 旅に病んで 夢は枯野を かけ廻る | 枯野(冬) | 元禄7年(1694年)、大坂での辞世の句。 |
3-3. 「不易流行」の思想
芭蕉の俳諧哲学を語るうえで欠かせない概念が「不易流行(ふえきりゅうこう)」です。「不易」とは時代を超えて変わらない本質的なもの、「流行」とは時代とともに変化する新しいもの——その両方を大切にすることが真の俳諧であると芭蕉は説きました。この思想は現代の俳句においても語り継がれています。
4. 季語とは——俳句の生命を宿す言葉
4-1. 季語の定義と役割
季語(きご)とは、俳句の中に季節を示すために用いられる特定の語句です。季語は単に「季節を表す言葉」ではなく、その言葉が喚起する情景・習俗・感情・文化的記憶を一語に凝縮した「文化の結晶」ともいえます。
たとえば「花(はな)」は俳句の季語として用いる場合、特定の説明がなければ春の桜を指します。「月(つき)」は秋の季語とされており、単に月を詠むだけで秋の情趣が香り立ちます。このように、季語には長い文化の蓄積が込められています。
4-2. 歳時記——季語の辞典
季語を体系的に分類・解説した書物が「歳時記(さいじき)」です。歳時記は俳句を作るうえで欠かせない参考書であり、季語の説明・例句・関連季語(傍題)が詳しく記されています。代表的な歳時記として、角川書店の『角川俳句大歳時記』や、山本健吉監修の『基本季語500選』などがあります。
4-3. 季節区分と代表的な季語
俳句の季節区分は旧暦(太陰太陽暦)を基準とするため、現代の新暦とは約一ヶ月ほどずれがあります。以下に各季節の代表的な季語をご紹介します。
| 季節 | 旧暦の目安 | 代表的な季語(例) |
|---|---|---|
| 春 | 1月〜3月(旧暦) | 花(桜)・霞・蛙・春雨・雛祭・菜の花・鶯 |
| 夏 | 4月〜6月(旧暦) | 蛍・夏草・蝉・向日葵・夕立・風薫る・祭 |
| 秋 | 7月〜9月(旧暦) | 月(名月)・紅葉・菊・秋風・鰯雲・虫の音・柿 |
| 冬 | 10月〜12月(旧暦) | 雪・枯野・冬枯・年の暮・木枯し・水仙・鴨 |
| 新年 | 元日〜松の内 | 初日・初春・鏡餅・初夢・福寿草・七草 |
4-4. 季重なりと季語の扱い方
一句の中に複数の季語が入ることを「季重なり(きがさなり)」と呼びます。初心者がおちいりやすい点のひとつで、一般的には避けるべきとされています。ただし、芭蕉や蕪村の句にも意図的な季重なりが見られる場合があり、上手く用いれば効果的な表現になるとも言われます。俳句の先生や句会によって見解が異なることもありますので、初学者の方はまず一句一季語を心がけるとよいでしょう。
5. 俳句の構造——五七五・切れ・余白の美学
5-1. 五七五のリズムと「音数」の数え方
俳句の音数は「音(おん)」または「拍(はく)」と呼ばれる単位で数えます。日本語の一つ一つの仮名が原則として一音にあたりますが、以下の点に注意が必要です。
- 促音(っ):「さっと」は「さ・っ・と」で3音と数えます。
- 撥音(ん):「あんど」は「あ・ん・ど」で3音と数えます。
- 長音符(ー):「スーパー」は「ス・ー・パ・ー」で4音と数えます。
- 二重母音:「きょう」は「き・ょ・う」ではなく「きょ・う」で2音と数えます(小さいゃ・ゅ・ょは前の字と合わせて1音)。
このような音数の数え方のルールを理解することが、正確な五七五を詠む第一歩です。
5-2. 「切れ」と切れ字
俳句の大きな特徴のひとつが「切れ(きれ)」です。切れとは、句の中に生まれる意味・感情・情景の区切りのことで、読者に余白と余韻を与えます。切れは主に「切れ字(きれじ)」と呼ばれる特定の語によって表現されます。
代表的な切れ字は「や・かな・けり」の三語です。
- 「や」:上五の末尾に置き、詠嘆・感動を示す。芭蕉の「古池や〜」が典型例。
- 「かな」:下五の末尾に置き、しみじみとした余韻を醸す。「花の雲 鐘は上野か 浅草か」の「か」はこの変形。
- 「けり」:主に過去・詠嘆を表し、句に静かな完結感を与える。「春の海 終日(ひねもす)のたり のたりかな」(蕪村)の結句にあたる感覚。
5-3. 取り合わせと見立て——俳句の技法
俳句の表現技法として「取り合わせ(とりあわせ)」があります。一見無関係な二つの事物を並置することで、読者の心に新鮮なイメージと感動を生み出す手法です。芭蕉の「荒海や 佐渡によこたふ 天河」は、荒々しい日本海と静謐な天の川という対照的なイメージを取り合わせた好例です。
また「見立て(みたて)」は、ある事物を別の何かに喩えて詠む技法です。春の桜の花びらを雪に見立てる、月を鏡に見立てるなど、古典文学の伝統を受け継いだ表現として俳句でも広く用いられます。
5-4. 余白と省略——十七音に宿る無限
俳句は世界最短の詩型であるがゆえに、言わないことの力が非常に重要です。全てを語らず、読者の想像・感情・記憶に委ねることで、十七音の言葉は無限の広がりを持ちます。この「省略と余白」の美学は、日本文化に通底する「間(ま)」の美意識と深く結びついています。
6. 俳句に込められた精神性——もののあわれとわび・さびの世界
6-1. 「もののあわれ」と俳句
平安時代の文学者・本居宣長(もとおりのりなが、1730〜1801)が提唱した「もののあわれ(物の哀れ)」は、物事の移ろいや有限性に触れたときに生まれる、深い感動・切なさ・哀愁の感情を指します。桜の散り際、秋の夕暮れ、霜に覆われた枯れ野——俳句が好んで詠む情景には、このもののあわれが漂っています。
6-2. 「わび・さび」の美意識
わび(侘び)は、華やかさや豊かさからはなれた、静けさ・質素・孤独の中に見出す美しさを指します。さび(寂び)は、時間の経過とともに醸し出される古さ・渋さ・枯れた味わいの美しさです。芭蕉の俳諧はこの「わび・さび」の美意識を高度に体現しており、特に旅の途上で詠まれた句にはその精神が色濃く滲んでいます。
6-3. 「軽み(かるみ)」と日常への眼差し
晩年の芭蕉が提唱した美的概念が「軽み(かるみ)」です。深刻になりすぎず、日常の些細なことを軽やかに詠む境地を指します。「此道や 行く人なしに 秋の暮れ」などに見られる、悲壮にならない透明な孤独感が「軽み」の典型とされています。一茶の俳句に漂う、小さな生き物への温かいまなざしも、この「軽み」と通じるものがあります。
6-4. 自然との共生——日本人の宇宙観
俳句が季語を必要とする理由は、単なる慣習ではありません。そこには、自然の中に自分を位置づけ、宇宙の循環と共にあろうとする日本人の感性が息づいています。人間は自然の外側から観察するのではなく、自然の一部として存在する——そのような世界観が、季語を通じて俳句に刻み込まれています。
7. 代表的な俳人とその世界——芭蕉・蕪村・一茶・子規
7-1. 与謝蕪村——絵師にして俳人
与謝蕪村(1716〜1783)は、俳人であると同時に著名な絵師でもありました。「春の海 終日(ひねもす)のたりのたりかな」に代表されるように、その句は絵画的な鮮明さと詩情を兼ね備えています。芭蕉の精神性に深い敬意を持ちつつ、蕪村はより感覚的・視覚的な表現を追求しました。代表作に「菜の花や 月は東に 日は西に」があります。芭蕉が「旅と精神」の俳人とすれば、蕪村は「色彩と美」の俳人といえるでしょう。
7-2. 小林一茶——庶民の俳人
小林一茶(1763〜1827)は、信濃国(現在の長野県)柏原に生まれました。幼少期から継母との不和・貧困・愛する子供たちとの死別など、苦難に満ちた生涯を送った一茶の句には、小さな命への愛情と自身の哀愁が滲みます。「露の世は 露の世ながら さりながら」は、幼子を失った悲しみを詠んだ句として知られています。「やせ蛙 まけるな一茶 これにあり」のように、か弱い存在へのエールを送る句も多く、庶民に深く愛されてきました。
7-3. 正岡子規——近代俳句の革命児
正岡子規(1867〜1902)は、明治時代に俳句・短歌の革新を成し遂げた文学者です。「写生」を俳句の基本として提唱し、情景をありのままに詠むことを重視しました。病床にあっても旺盛な創作を続け、「柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺」のような明快で具体的な句を多く残しました。子規は「ホトトギス」(1897年創刊)の創刊に関わり、後に高浜虚子が引き継いで近代俳句の主流を形成しました。
7-4. 現代俳句の俳人たち
近代以降も俳句は多彩な才能によって発展を続けています。高浜虚子(たかはまきょし、1874〜1959)は「ホトトギス」を率いて有季定型の王道を守り、中村草田男(なかむらくさたお、1901〜1983)・加藤楸邨(かとうしゅうそん、1905〜1993)・石田波郷(いしだはきょう、1913〜1969)らは「人間探求派」として知られます。また、山口誓子(やまぐちせいし、1901〜1994)は都市・機械文明を題材にした前衛的な句を詠み、俳句の可能性を広げました。
8. 現代の暮らしへの取り入れ方——俳句を始めるための実践ガイド
8-1. 俳句の始め方——まず一句を詠む
俳句を始めるにあたって、最初から完璧な句を目指す必要はありません。まず五七五の音数で何かを詠んでみることが大切です。以下のステップが入門として有効です。
- 季語を一つ決める:歳時記やインターネットで季節の言葉を探し、心に響くものを選びます。
- 季語に関連する情景・感情を思い浮かべる:その言葉から連想されるもの、最近見た光景、心に残った瞬間を言語化します。
- 五七五に整える:思い浮かんだ言葉を五・七・五の音に当てはめ、言葉を選び直していきます。
- 声に出して読む:リズムが心地よいか、余韻があるかを確かめます。
8-2. 句会に参加する
句会(くかい)とは、複数の俳人が集まって互いの句を披露・批評し合う場です。初心者向けの句会や俳句教室は、全国各地の公民館・図書館・文化センターなどで開かれています。また、近年はオンライン句会も普及しており、自宅にいながら仲間と句を詠み合うことができます。
8-3. 歳時記・句集の選び方
俳句を深く学ぶには、歳時記と句集の両方を手元に置くことをおすすめします。歳時記で季語の意味・背景を学び、句集で先人の名句に触れることで、俳句の豊かな世界への扉が開きます。
入門者向けのおすすめ書籍として、以下をご参考ください。
- 『おくのほそ道』(松尾芭蕉著):俳文集の最高峰。岩波文庫版など各社から入手可能。
- 『角川俳句大歳時記』(角川書店):俳句に関わるなら一冊は持ちたい定番歳時記。
- 『俳句入門』(山本健吉著):俳句の本質を平易に説いた名著。
- 『一茶句集』(小林一茶著):庶民の感性で詠まれた温かい句の宝庫。
8-4. 吟行——自然の中で俳句を詠む
吟行(ぎんこう)とは、野外に出て自然・街・寺社などを訪ねながら俳句を詠む行為です。「歩きながら季語に出会う」というこの実践は、俳句の基礎を体感するうえで非常に有効です。芭蕉も旅を吟行の場とし、旅の途上で多くの名句を生み出しました。近くの公園・神社・川沿いなど、身近な場所への小さな吟行から始めてみてはいかがでしょうか。
9. よくある質問(FAQ)
Q1:俳句に季語は必ず必要ですか?
A1:伝統的な俳句(有季俳句)では、季語を必ず入れることが基本とされています。ただし、現代俳句には季語を持たない「無季俳句」や自由な音数の「自由律俳句」も存在し、その定義は俳壇によって見解が異なります。初学者の方はまず季語を入れた有季俳句から始めることをおすすめします。
Q2:五七五の音数を少しはみ出してもよいですか?
A2:定型より音数が多い句を「字余り(じあまり)」、少ない句を「字足らず(じたらず)」と呼びます。名句の中にも意図的な字余り・字足らずのものはありますが、いずれも意識的な表現上の選択です。初心者のうちは五七五の音数を守ることで、俳句のリズム感が身につくといわれています。
Q3:松尾芭蕉が最も有名な俳人とされる理由は何ですか?
A3:芭蕉は俳諧を単なる言葉遊びから「文学」へと昇華させた最初の俳人とされています。「わび・さびの精神」「不易流行」「軽み」などの俳諧哲学を体系化し、後世の俳人たちに多大な影響を与えました。また『おくのほそ道』は俳文集としても日本文学の最高峰とされており、その業績の幅広さが「俳聖(はいせい)」と称えられる所以です。
Q4:歳時記はどれを選べばよいですか?
A4:初心者には、季語の解説と例句がわかりやすく掲載されたコンパクトなものが向いています。角川書店の『俳句歳時記』シリーズや、文庫版の歳時記は携帯性が高く入門に最適です。俳句に親しむうちに、より詳しい大歳時記(全5巻など)への移行をおすすめします。
Q5:季語の季節は現代の感覚とずれることがありますか?
A5:俳句の季節区分は旧暦(太陰太陽暦)に基づいているため、新暦とは約一ヶ月ほどのずれがあります。たとえば「春の季語」とされる「桜」「蛙」は、旧暦の1〜3月(新暦のおよそ2〜4月)が基準です。そのため、俳句を詠む際は「今が旧暦でどの季節に当たるか」を意識すると、より自然に季語を使えるようになるといわれています。
Q6:俳句と短歌はどう違いますか?
A6:短歌(たんか)は五・七・五・七・七の計三十一音からなる定型詩で、俳句(五七五)の約二倍の長さです。短歌には季語の規定がなく、恋愛・個人の感情・日常の心情など、より広い題材を詠みます。俳句が自然や季節との刹那的な出会いを詠むのに対し、短歌はより内省的・叙情的な表現を得意とします。起源も異なり、短歌は奈良時代の『万葉集』に遡る一方、俳句は室町〜江戸時代の俳諧から発展しました。
Q7:「切れ字」を使わなくても俳句は成立しますか?
A7:切れ字(や・かな・けり)は俳句に余韻と区切りをもたらす重要な要素ですが、切れ字を用いない句も多く存在します。切れを生み出す方法は切れ字だけでなく、言葉の配置・句の構造・意味の対比などによっても実現できます。ただし、俳句の基本として切れ字の役割と使い方を学ぶことは、表現の幅を広げるうえで非常に有益です。
Q8:子どもが俳句を始めるにはどうすれば良いですか?
A8:小学校の国語教育でも俳句は取り上げられており、子どもが俳句に親しむ機会は多くあります。はじめは身近な自然(学校の桜・夏の虫・秋の空)を観察し、感じたことを五七五に当てはめてみるところから始めると良いでしょう。子ども向けの俳句入門書やNHK for Schoolの俳句関連コンテンツも、わかりやすい導入として活用できます。
10. まとめ|俳句を通じて感じる日本の心
俳句は、わずか十七音という極小の形式の中に、日本人の自然観・美意識・精神性・文化の記憶を凝縮した、世界に類を見ない文学です。五七五のリズムに刻まれた季語は、千年以上にわたって積み重ねられた日本の四季との対話の結晶であり、切れと余白は「言わないことの豊かさ」を知る日本人の感性そのものといえます。
松尾芭蕉が旅の途上で詠んだ「古池や 蛙飛びこむ 水の音」は、貞享3年(1686年)頃の作とされていますが、今日においてもその静謐な余韻は色褪せません。与謝蕪村の絵画的な色彩、小林一茶の弱き者への温かなまなざし、正岡子規の写生の眼——それぞれの俳人が紡いだ世界は、時代を超えて読む者の胸に響きます。
現代において俳句は、NHKの俳句番組・各地の句会・学校教育・オンラインコミュニティなど、さまざまな形で生き続けています。「HAIKU」は今や英語圏でも創作され、俳句の精神は国境を越えて広がりつつあります。俳句を始めることは、日本語の美しさと日本文化の深さに改めて気づく、素晴らしい旅の出発点となるでしょう。
まずは一冊の歳時記を手元に置き、今日の空・今の季節の草花・心に残った光景を五七五に詠んでみてください。完璧な句を目指さず、自分の感じたことを言葉にする喜びを大切にすることが、俳句の道への最初の一歩です。
俳句の世界を深く楽しむための書籍・歳時記・句集は、Amazon・楽天でお求めいただけます。
俳句を書き留める和綴じのノート・短冊・筆ペンなども、俳句の時間をより豊かにしてくれます。
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【免責事項・出典注記】
本記事の情報は執筆時点(2026年)のものです。俳句の定義・季語の区分・作法については俳壇・流派・地域によって見解が異なる場合があります。歴史的事実・年代・人物の生没年については、一般に流布する資料に基づき記述しておりますが、学術的な詳細については一次資料・専門書にてご確認ください。商品の価格・仕様は変動する場合があります。リンク先の情報については各サービスの公式ページをご確認ください。
【参考情報源】
・文化庁「国語に関する世論調査」(https://www.bunka.go.jp/)
・国立国会図書館デジタルコレクション「松尾芭蕉関連資料」(https://dl.ndl.go.jp/)
・角川書店『角川俳句大歳時記』(2006年)
・岩波書店『おくのほそ道』(松尾芭蕉著、中村俊定校注、岩波文庫)
・NHK「俳句」番組公式サイト(https://www.nhk.jp/p/haiku/)
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