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  • スギ花粉と日本の森づくりの歴史|戦後の植林政策がもたらした現代の課題

    戦後の焦土に託された「緑の希望」|スギ一斉植林に込めた復興の祈り

    春の風が吹き抜けるたび、日本中を覆い尽くすかのように舞うスギ花粉。現在、日本人の約四割が罹患しているとも言われる花粉症は、もはや単なる季節性のアレルギー疾患を超え、国民的な社会課題として定着しました。しかし、この現象を単に「忌むべき自然災害」として切り捨てることはできません。なぜなら、これほどまでに膨大なスギの人工林が日本列島を席巻している背景には、戦後の焼け野原から立ち上がろうとした先人たちの、切実なまでの「未来への祈り」が込められているからです。

    第二次世界大戦終結直後、日本の国土は徹底的に破壊され、復興のための建築資材である木材は枯渇していました。山々は軍需や燃料確保のために乱伐され、剥き出しの赤土が広がる荒廃した風景が至る所に続いていました。その悲痛な光景を前に、当時の人々が次世代の繁栄を願い、国家再建の礎として導き出した答えが、大規模な「一斉植林」という壮大なプロジェクトでした。

    本記事では、かつて復興の「希望の象徴」であったスギが、どのような歴史的変遷を経て現代の「課題」へと変質していったのかを辿ります。その歩みを紐解くことで、日本人が本来持っていた自然との共生の知恵、そして私たちが今、再び森と結び直すべき「絆」の在り方について深く考察していきます。

    1. 拡大造林政策とスギの選定|「直木」に託した再建の意志

    1950年代から60年代にかけて、日本政府は国策として「拡大造林政策」を強力に推し進めました。これは、成長の遅い広葉樹主体の天然林を伐採し、成長が早く経済価値の高い針葉樹、特にスギへと植え替える大規模な国土改造計画でした。

    数ある樹種の中で、なぜこれほどまでにスギが重用されたのでしょうか。そこには、日本人の伝統的な美意識と経済的合理性が合致した明確な理由がありました。スギは古来「すぐき木(直木)」と呼ばれ、天に向かって一点の迷いもなく真っ直ぐに伸びる性質を持ちます。この「直立する性質」は、社寺建築や住宅の柱材として最適であるだけでなく、急峻な斜面でも効率よく密集して植栽できるという利点がありました。

    当時の人々にとって、一斉に植えられたスギの若木が山々を青々と染めていく光景は、戦後の混乱から秩序を取り戻し、経済的に自立していく日本の姿そのものでした。手入れの行き届いたスギ林は、まさに日本が誇る「育てる文化」の結晶であり、未来を生きる子供たちが家を建て、豊かな暮らしを享受するための「緑の貯金」のような存在だったのです。

    2. 経済のグローバル化と「森の放棄」|途絶えた対話と循環の物語

    しかし、1970年代を境に、この「希望の物語」は予期せぬ方向へと暗転し始めます。高度経済成長を遂げた日本において、安価な輸入木材の自由化が加速し、国産材の市場価格が暴落したのです。かつて「金(カネ)になる木」として大切に慈しまれてきたスギは、伐採して運び出すコストすら賄えない、経済的な「負の遺産」へと転じてしまいました。

    日本の伝統的な森づくりは、人間が定期的に山に入り、枝を打ち、混み合った木を間引く「間伐(かんばつ)」を行うことで、太陽の光が地表まで届く「明るい森」を維持する継続的な関わりによって成り立っていました。しかし、経済合理性の荒波に飲まれ、林業が衰退の一途をたどると、山からは人の姿が消えていきました。

    放置されたスギ林は、日光が完全に遮られた「暗黒の森」となり、下草も生えない不毛な大地へと変貌しました。皮肉なことに、樹木は日照不足や過密による自らの存続の危機を察知すると、末期的な本能として次世代に命を繋ぐために大量の花粉を放出します。現在、私たちが直面している過剰な花粉飛散は、人間が森との対話を止めてしまったことに対する、自然界からの悲痛な叫びとも言えるでしょう。

    3. 信仰としてのスギと現代の乖離|神聖なる杜の変質と自然観の歪み

    日本の伝統精神を考える上で忘れてはならないのは、スギが本来、「神聖なる神の宿る木」であったという厳然たる事実です。全国の古社には、樹齢千年に達するような巨杉が「御神木」として鎮座し、人々の祈りを受け止めています。神社の参道に杉並木が配されたのは、スギの放つ芳香が持つ清浄な力によって、参拝者の心身を浄化するためという深遠な意図がありました。

    しかし、現在の画一的な人工林は、そのような信仰的な「杜(もり)」とはかけ離れた存在になっています。一種類のみを過密に植林した人工林は生物多様性が極めて低く、古来日本人が畏怖し敬ってきた「奥山」が持つ本来の生命力を欠いています。

    花粉症という問題の本質は、スギという樹木そのものの罪ではなく、私たちが自然を単なる「資源」や「効率」の対象としてのみ扱い、その背後にある霊性や循環の美学を軽視した結果引き起こされた現象です。御神木に手を合わせる崇高な心と、花粉を忌み嫌う排他的な心。この二つの乖離の中に、現代日本人が抱える自然観の歪みが象徴的に現れています。

    4. 森林再生への新たな胎動|少花粉スギと国産材利用の再評価

    この閉塞した状況を打破すべく、今、新たな視点による森づくりの挑戦が始まっています。その先駆的な取り組みが、「少花粉スギ(花粉をほとんど出さない品種)」への計画的な植え替えです。科学的な研究によって選別されたこれらの個体を広めることで、数十年後を見据えて花粉飛散量を劇的に低減させる道筋が見えてきました。

    さらに重要なのは、再び「国産材を積極的に使う」という文化の価値を再定義することです。

    • CLT(直交集成板)による都市の木造化:大規模ビル建築に国産スギを用いることで、都市を「第二の森林」に変える。
    • バイオマスエネルギーの循環:未利用の枝葉を地域エネルギーとして活用し、森を常に清浄に保つ。
    • 木育(もくいく)の普及:幼少期からスギの温もりや香りに触れ、山と街が繋がっていることを学ぶ。

    これらの動きは、単なる花粉症対策の枠を超え、戦後に植えられた木々を「使い切る」ことで森林を健全な状態へとリセットし、再び「人と森が共生する循環」を取り戻すための聖なる営みです。木を伐ることは自然破壊ではなく、新しい生命の息吹を迎えるための「更新(リニューアル)」であるという伝統的な智慧が、今まさに求められています。

    5. まとめ|スギの香りに託す、千年先の未来図

    戦後の森づくりがもたらしたスギ花粉問題は、私たちに「自然との真の関わり方」を根本から問い直す機会を与えています。かつて、先人たちが空腹を抱えながらも懸命に山へスギを植えたとき、彼らの脳裏にあったのは、飽食の時代を生きる私たちが健やかに、そして豊かな木の文化の中で暮らす姿であったはずです。その純粋な「善意」が、時代の経済構造の変化によって「課題」へと姿を変えてしまった事実は、私たちが現代の当事者として真摯に受け止めなければなりません。

    花粉症に苦しむ春、私たちはただマスクを深く着けて目を逸らすのではなく、目の前のスギが辿ってきた数奇な歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。スギは、今も昔も日本の風土を支え、私たちの命を守る「命の柱」であることに変わりはありません。

    放置された森に再び人の手を入れ、適切に木を使い、新しい命を植える。この古くて新しい循環の歯車を再び動かすことこそが、花粉症という試練を真に乗り越え、次の世代に「清らかな空気」と「生命力溢れる森」を引き継ぐための、唯一にして最善の道なのです。一本のスギが空高く真っ直ぐに伸びるその姿に、再び日本人の「誠の心」を重ね合わせられる未来を願って止みません。