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金華山の山頂に天守を掲げる岐阜城は、戦国武将・織田信長が「天下布武」の印章を用い始め、天下統一への歩みを本格化させた城として知られています。もとは稲葉山城と呼ばれ、美濃国を治めた斎藤道三の居城でもありました。この記事では、岐阜城の由来と歴史、金華山ロープウェーを使ったアクセス方法、拝観料や見どころまで、訪問前に知っておきたい情報を丁寧にまとめました。
・岐阜城の由来(稲葉山城から岐阜城への改名の経緯)と織田信長・斎藤道三との関わり
・ぎふ金華山ロープウェーでのアクセス方法と料金の目安
・岐阜城の拝観料・開館時間の目安
・見学の際に押さえておきたい見どころとよくある質問

1. 岐阜城とは?
岐阜城は、岐阜県岐阜市にある標高329メートルの金華山(別名・稲葉山)山頂に築かれた山城です。現在の天守は1956年(昭和31年)に再建されたもので、国の史跡に指定されているのは城跡全体(山頂の城郭遺構と山麓の居館跡)にあたります。2006年には公益財団法人日本城郭協会の「日本100名城」に選定され、2015年には織田信長ゆかりの城下町として日本遺産にも認定されました。天守内部は史料展示室として公開されており、織田家・斎藤家にまつわる史料や、太平洋戦争の空襲で焼け残った刀剣なども見ることができます。
2. 岐阜城の由来と歴史
金華山に最初に砦が築かれたのは鎌倉時代の1201年(建仁元年)、二階堂行政によるものと伝えられています。戦国時代に入り、下剋上で美濃国の実権を握った斎藤道三がこの城を「稲葉山城」として整備し、城下の井ノ口の町も併せて整えました。
1567年(永禄10年)、尾張国を制した織田信長は稲葉山城を攻略して斎藤龍興を追放し、美濃国を支配下に置きます。信長は町の名を「井ノ口」から「岐阜」へ、城の名も「岐阜城」へと改めました。この「岐阜」という名は、尾張・政秀寺の僧である沢彦宗恩が挙げた3つの案から信長が選んだもので、中国古代の周王朝が岐山から興り天下を平定したという故事にちなむといわれています。信長が「天下布武」の印章を使い始めたのも、この岐阜入城以降のことです。
山頂の天守はあくまで戦時の要塞であり、信長と正室・濃姫が日常を過ごしたのは山麓の居館でした。1984年から発掘調査が進められ、2012年には金箔で飾られた瓦が発見されています。これにより、金箔瓦を最初に用いたのは安土城(1576年築城)とされてきた従来の説より、岐阜城の方が先駆けだった可能性が指摘されています。1576年(天正4年)、信長は城を嫡男・信忠に譲って安土へ移り、その後は城主が幾度も入れ替わりました。1600年(慶長5年)、関ヶ原の戦いの前哨戦で東軍に攻められて落城し、まもなく廃城となっています。
3. 岐阜城に込められた意味と精神性
岐阜城は、単なる軍事拠点にとどまらず、信長の天下統一構想の出発点として位置づけられる城です。「天下布武」の理念には、武力による統一だけでなく、楽市楽座や兵農分離といった統治面での革新への意志も込められていたと考えられています。城下では商人や職人が集い、来訪したポルトガル人宣教師ルイス・フロイスが山麓の居館を「宮殿」、城下の賑わいを「バビロンのよう」と形容したという記録も残っています。険しい山上に城を構えながら、麓には開かれた城下町を築くという対照的な構造そのものが、戦国武将としての信長の思想を映し出しているといえるでしょう。

4. 岐阜城 見学ガイド(アクセス・拝観料・見どころ)
岐阜城へは、JR岐阜駅または名鉄岐阜駅から岐阜バスに乗り「岐阜公園・岐阜城」で下車し、岐阜公園内からぎふ金華山ロープウェーを利用するのが一般的な行き方です。ロープウェーで山頂駅まで上がった後、天守閣までは徒歩8分ほどかかります。体力に自信のある方には、金華山を歩いて登る複数の登山ルートもありますが、勾配が急な区間や足場が荒れている箇所もあるため、装備を整えたうえでの利用が推奨されています。
| 比較項目 | ロープウェー利用 | 登山ルート |
|---|---|---|
| 所要時間の目安 | 山麓〜山頂駅は約3〜4分。天守閣まではさらに徒歩8分程度 | ルートにより異なるが、山麓から天守閣まで数十分〜1時間程度が目安 |
| 料金の目安 | 往復・大人1,300円/小人650円(片道・大人800円/小人400円) | 無料(別途、天守閣の拝観料が必要) |
| おすすめの人 | 小さなお子様連れ・体力に自信のない方・眺望も楽しみたい方 | 城郭ファン・登山を楽しみたい方・体力に自信のある方 |
岐阜城天守閣の拝観料の目安は、大人200円・小人(4歳以上16歳未満)100円で、30人以上の団体の場合は大人160円・小人80円となります。開館時間は季節によって異なり、3月16日〜10月16日は9時30分〜17時30分、10月17日〜3月15日は9時30分〜16時30分が目安です(元旦のみ早朝開館)。ロープウェーは通常9時〜18時の運行ですが、夏季(7月10日〜9月30日)や秋の行楽シーズンには夜間まで運行するナイター営業も行われ、金華山山頂から岐阜市街の夜景を楽しむこともできます。料金・営業時間は変更される場合があるため、訪問前に公式サイトで最新情報をご確認ください。
見学の際は、天守内の史料展示室に加え、山麓に広がる岐阜公園や、発掘調査が進む織田信長公居館跡にも足を運ぶと、山城としての岐阜城の全体像がより深く理解できます。旅の計画には、宿泊先を含めて事前に手配しておくと安心です。
岐阜市内や長良川温泉での宿泊とあわせて訪れる方には、以下のような宿泊予約サービスもご活用いただけます。
5. よくある質問(FAQ)
Q1:岐阜城へはロープウェーを使わずに行けますか?
A1:金華山には複数の登山ルートがあり、徒歩で天守閣まで向かうことも可能といわれています。ただし勾配の急な区間があるため、歩きやすい靴と十分な準備で臨むことをおすすめします。
Q2:岐阜城の名前の由来は何ですか?
A2:もとは「稲葉山城」と呼ばれていましたが、1567年に城を攻略した織田信長が、中国古代の故事にちなんで「岐阜」と改名したといわれています。あわせて城下の地名も「井ノ口」から「岐阜」へと改められました。
Q3:岐阜城の見学にはどのくらいの時間がかかりますか?
A3:ロープウェーの往復と天守閣内の見学だけであれば1〜2時間程度が目安ですが、山麓の岐阜公園や信長公居館跡もあわせて巡る場合は、半日程度を見ておくとゆとりを持って楽しめます。
6. まとめ|岐阜城を通じて感じる戦国の心
岐阜城は、斎藤道三から織田信長へと受け継がれた美濃の要衝であり、信長が天下統一への第一歩を踏み出した象徴的な城です。金華山の自然と一体になった山城の姿は、単なる観光地としてだけでなく、戦国という時代の緊張感と、そこに生きた人々の志を今に伝えています。ロープウェーでの気軽な訪問から、登山を楽しむ本格的な城めぐりまで、訪れ方によってさまざまな表情を見せてくれる城です。旅の計画には、以下のリンクからツアーや宿泊先もあわせてご検討ください。
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### 免責事項・出典注記
本記事の情報は執筆時点のものです。拝観料・ロープウェー運賃・営業時間等は変更される場合がありますので、正確な情報は岐阜市公式サイト・ぎふ金華山ロープウェー公式サイトにてご確認ください。
【参考情報源】岐阜市公式サイト、ぎふ金華山ロープウェー公式サイト(https://www.kinkazan.co.jp/)、岐阜県観光公式サイト「岐阜の旅ガイド」、Wikipedia「岐阜城」、nippon.com「織田信長が天下を望んだ『岐阜城』」